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まだ始まってすらいない

アイドルマスターの天海春香さんと添い遂げたい系女子の回顧録になる予定。

太陽のジェラシーはいいぞ

togetter.com


ステージ上にあがった瞬間、別人のようにそのオーラは輝く。
冴えない不安そうな表情は吹き飛び、相手を挑発するように感情を爆発させる。こちらの琴線を揺らす歌声。
私はその瞬間が欲しくて、見たくて、ずっと彼女の本気を追い求めている。

 

 


ステージの中央奥にひとりの少女が、いささか心もとなさそうに胸元に手を添え棒立ちしていた。その瞳は斜め下をじっと見据えている。心臓の鼓動が聞こえるような沈黙、息苦しさに耐えかねる。
少女の瞼が飲み込むように伏せられる、一転、下から見上げるようにいたずらっ子のような輝きを湛えた瞳と目が合う。絶対こっちみた。そこには自分が歌えることへの喜びしか掬い取れない。

突然すっと震えるような歌声だけが始まる。鍵盤の真ん中の音。うわずるその声は緊張のためか、高揚のためか。
そう、ここは普通の女の子たる、誰でもない何者でもないただの女の子で、ただの天海春香の彼女が、たった一人の女の子になれる場所。彼女だけのステージ。彼女のためにぼくが用意した場所。
そこには恐れも不安も存在しない。ただただ純粋に、歌えることの幸せ。彼女の、彼女とぼくの幸福はそこにある。その光に包まれた一瞬だけで、ぼくと彼女のすべてが報われるのだ。

エコーのかかったまっすぐな太陽の匂いがする、オレンジとスカイブルーと水滴の色の中間のような歌声から・彼女のいささかぎこちない波をかき分ける姿を思い起こさせる振りから、夏の砂浜が見える。太陽の暖かさときらめく海の心地よさを、砂浜の熱さがぶわっとよみがえる。
ささめく波のように音が上がって、下がって、二拍子の歌声・二拍子の振りを二回四拍子一回2セットを繰り返し、南国の波と風を思わせるストリングスから華やかな金管が火花のようにはじける。
中心に据えられた音は鍵盤の真ん中。ファ。少し下よりの曖昧な音。強く響かせず、柔らかく包む音。オレンジ色の柑橘系の味がする音。そこへ上がっては下がり、波のように足下をふらふら惑いながら行き帰る。
心構えなしに振り回され、音の渦に少しずつ引き込まれていく。

胸元に置いた手、は左手。そしてその反対、太陽に掲げられこちらを惑わす踊る手は、右手。右手を振り下ろす向こうにはこちらの瞳をのぞき込む緑のくるくるとしたたれ目がちな瞳。どのカメラを見たらいいのか、客席に視線を向けるべきか。きょろきょろと動く視線はとても楽しそう。なんてかわいいんだろう。慣れない自然体な笑顔がまたかわいい。いつまでもこの気持ちを忘れないでいてほしい。一生カメラになんて慣れなくていい。

太陽のジェラシーの個性は、Divingの歌い方に現れる。それぞれのアイドルの特徴を捉えたければ、まずこの曲を聞いてみて欲しい、と思うくらい。
春香のそれはひたすら爆発力がある。それを表現しうるだけの、人間の歌声に納めるだけの春々しい歌声。晴れやかな空にいきなり打ち上げ花火賀上がったような意外性。ぼくはそんな彼女に、ずっと夢中だ。

おそらく腹から出ていて芯のある真ちゃんや喉で響かせる伊織ちゃん律子ちゃん、安定感のあるあずささん、ゴリ押しのできる亜美真美ならそれぞれ無理なく圧を維持して歌えるだろう。
けれどこの曲を天海春香が歌うことに意味がある。得意か、不得意かではなく、好きか嫌いかで己の道を決めてしまう彼女。その後先考えなさ。大海原に、あるいは大空に身一つでふっと飛び出してしまうような。けれどその踏み出した足先は震えていて、それでも好きに突き動かされる彼女の儚いまでの健気さ。そこにロマンを感じる。
考える前に体が動いてしまう、ほどではないけれど、恐怖も不安も持ち合わせた上で立ち止まることができない、彼女の秘めた情動の深さに揺り動かされる。
控えめなようで、激しさを隠したイントロはそんな彼女をよく表していると思う。


右手はこちらに差し出す、波をかく。誘惑するように、泳ぐように。
両手でぼくを抱きしめるように宙へ差し出される。カメラの向こうのその先へ。視線は指先の向こう。
右手を差しだし左手をからだに寄せるか、両手で揃ったかわいこポーズをするか。どちらにしても全力で、簡単で、思い切りよさげに振り回す。
膝を使ったツーステップ。そのラインは人魚のよう。
左右に揺れる踊りは、海の中翻弄される白い肢体を思わせる。光を両手いっぱいに受け止めて歌う彼女は本当に人魚のようで。

ぼくらがヤキモチを焼けばその右手の人差し指が、彼女に夢中の人々をひとりずつ指さす。
追いかけて甘い言葉を恋う彼女が逃げるのは左手側。
つまり太陽と同じ位置に「ぼく」はいる。光の降り注ぐ方。
光、はステージを提供するぼくであり、スポットライトであり。そしてファンの放つ笑顔の光、それを照らすサイリウムの光。ここが、彼女の泳ぐ海。光の波を春香がかき分けていく。

大海原に、高い空に反響するように、歌声を追いかけて金管が、ブラックミュージックを連想させる女性のボーカルが響く。
時折不穏に響く控えめな不安の種。まだ未発達で震える春香の歌声。「追いかけられたい」と願う人魚姫。華やかな海の情景に浮かび上がる、恐ろしさの影。光と影のコントラスト。まるで夕焼けが見えるような。

ジェットコースターのように気持ちを弄ばれたかと思うと、また再び急浮上する。気圧の差で潰されてしまいそうだ。海の中から一気に太陽の乱反射する海面へ引き上げられる。
波間を隠れたり現れたりしながらぼくの気持ちを引きだそうとする、彼女との駆け引き。愛をこいねがい差し出された両手が、やがて力なく降ろされ、彼女は諦めに似た微笑みをその瞳に浮かべる。また一度、ぐっと瞼を引き伏せ、右手で波をかき楽しげな表情を浮かべる。彼女の本心は音に、震える歌声に、波間にかき消されて手を伸ばすことができない。
一夏の恋と互いに嘘を吐かなければ、なにか、大事なものがきらきらしたものが壊れてしまいそうで。互いに手を伸ばすことができない。それでも切ないほどに、夏の太陽ほどに焦がれていて、ここにふたり居ることが確かに幸せなのに。
まだ信じていたい。この輝く今を、きっと未来が始まるのだと。嘘にしたくない。駆け引きをしているうちは、終わることも始まることもなく、繋がっていられる。そんな遊びができるようなひとじゃないと、わかっているのに。

間奏。
未来に向かって差し出される彼女の右腕、何かを救いとるように。途端、歌い出す鍵盤。今まで繰り返されてきた、波の行き帰りを激しく、巧みに、感情が溢れ出す。華やかな嘘で隠してきた、豊かで美しい情動が見える。
鍵盤と呼応し掛け合うような女性ボーカル。無言にこそ言葉にできない思いがある。音楽だけで会話はできる。ダンスは言葉より雄弁に思いを伝える。
今まで横や斜めの動きだったそれに変化が現れる。縦の動き、ターン、何かを突き破らんと軽やかに跳ぶ。
青い光で暗転。海の底の、光の届かない場所。本当の彼女。声の出せない、歌わない彼女。カメラから目を背け、観客に背を向け。その表情は見えない。一瞬のきらめき、そしてさよなら・始まり。

もう一度戻る。最初の思いに。
再び胸に手を当てる彼女。けれどその腕を右腕、彼女の動きを表す方の腕。光へ向けた腕。
顔は伏せられることなく、真っ正面からぼくを見据える。決められた覚悟。ああ、こうなった、開き直った居直った天海春香ほど輝くものはないんだ。すべてを受け入れるような、悟りさえ感じるおだやかな瞳でこちらをのぞき込む彼女。本当の心を手に入れようとする彼女。
驕りもなく、偽りもなく、ただ純粋に好きという感情だけを宿した熱い瞳。火傷しそうなくらいに熱そのもの、太陽そのもののような深いエメラルドの瞳。

上昇する熱気、高まる鼓動、中間のファから突き抜けてオクターブ上をめざし輝く音。
連れてって、と直接願いを口にする彼女。隠れることなく、本心をたたきつける。その伸ばされた、こいねがう両手は先ほどよりも高く掲げられ、彼女に還る時も力強さを失わず、その顔は顎をぐっと上げ、控えめさをかなぐり捨て、まっすぐに太陽を見つめる。

「そうよ」と彼女は自分に言い聞かせる。語りかける。
彼女が本当に向き合えたのは、ぼくでも太陽でもなく、輝く自分自身。好きという気持ち。
一番の笑顔がここで花開く。かわいい。こんな笑顔がみれるなら、何度だって繰り返す。彼女の楽しそうな笑顔が好き。
この夏は、好きは終わらないのだと彼女は笑う。楽しそうにその歌声にもはや震えはない。情感を込めて。
ドラマが始まるのだと、なんでもない普通の女の子だった彼女が変わるのだと、未来への希望と覚悟を込めて彼女は歌った。
再び視線は左下へ伏せられる。けれどそこに歌い始める前の不安はかけらもない。曲がかかれば、彼女はまたきっと弾けるように歌い出す。その瞳には歌える幸せと未来への希望の光だけが波打っている。全身に光と力が漲っていた。
楽しげに声援へ手を振る彼女は、もう立派なアイドルだった。

 

その歌唱力やアイドル自身の持つ深い世界観を表した「蒼い鳥」「9:02pm」。
その歌ひとつでアイドルの魅力を説明しきれるくらいの力を持つ「魔法をかけて!」「Here we go!!」。
可愛いを通り越して最早哲学である「おはよう!朝ご飯」や「ポジティ
ブ!」。

この曲には理念も哲学もない。一夏の、ともすれば秋になれば忘れてしまうような儚く生産性のない恋。真夏の海と太陽に踊らされる、好きというだけの情動。波間に揺れる蜃気楼のような幻影を、好きというそれだけで永遠にできるのだろうか。それはきっと誰もが夢見て、捨ててしまうもの。あこがれ。
その好きという感情のみが天海春香の本質であり、アイドルという疑似恋愛の恋人としての素質を表していると思う。彼女は永遠の恋人、ずっと手の届かない輝く人、輝いていてほしい人。ぼくは彼女に、彼女と夢をみている。ずっと。